父を山形の施設に移し、近所に住む親戚。(父の兄家族)が面倒たまに顔を出すという生活。になって半年。
不自由なくやっているという連絡を聞き安心していた。

しかし関わる人が増えると、トラブルも増える。
「すべてにおいて、何事も思い通りにはならない。」という最近スピったことを、頭に入れておかないと本当にストレスがたまる。
(蛇足の補足は、子育てだったり、田舎暮らし、とか。)


父は、脳に残る障害と以前からの経済感覚のなさで、所持しているお金は全て使うので、財務は僕が管理していた。
これは以前から言っているが、あれば全て使う。
お金を持たせられないので買い物も全て代行した。

しかし、いくらか持っていないと不安という。

確かに全く持たせないのもなぁ、とは思いつつ、ほとんどが酒に消えていくお金を涼しい顔で渡せるかというと悩ましいところ。
しかし、医者が禁止している酒を差し入れるまで割り切れていなかったので、本人が買うなら自己責任だ。と自分を納得させ、
なにかあった時、恥をかくといけないから、と毎月現金を渡していた。

この小遣い制を一生続ければ、問題ないと思っているのだが生活環境が変わると難しい。

親戚は近所だから差し入れをするという。

ありがたいことなのでよろしくお願いします。と言って了承していた。
暫くすると、差し入れをして両者が楽しそうにしてる写真が届くので安心していたが、僕にはそれが余計に面倒だった。

返信を怠ると、翌日に同じ内容のメールが届く。僕にはそれが脅迫の様に感じていたので、その都度、感謝を丁寧に返信していた。

しばらく経つと、親戚から予算がないという連絡がくる。
新生活開始時に、まとまった金額を預けた。
「これだけあれば一年は持つよ!」と聞いた時は金銭含め、とにかくトラブルを回避できたと、心底安堵したのでこの時の会話は今もはっきり覚えていた。

しかし半年しか経ってない!
内訳を聞くと、差し入れも予算からだった。

重複すれば半分でなくなるのは、当然。
それさえも予算からだったなんて、気持ちはわかるが、野暮な話だと思った。


「ということなので明日までに10万振り込んでください」

大事に使うんだよって渡されたお金は、どれだけ苦労して工面したかな。など考えると、とても使えない。
そういう感覚が、血縁には当たり前に備わっているんだと思い込んでいたから、ショックだった。

「10万を明日まで」

不躾というか闇金のような請求に頭が痛くなった。
足元見られてるんだか、なめられてるんだかはわからないがきっと、悪気ないんだろうって思いたい。
けど、それも嫌だ。

どうしたらこんな事言えるんだろうと、悲しい気持ちと呆れた気持ちでどうしようか考えても仕方ないので
仕事に使うような内訳が明快な見積もりを出し、直接お金の使い方を提案し、実際翌日払えた10万は、2週間後に5支払い。
きちんと感謝していることを伝えた。


今回のことで更に、物事って本当に思い通りはに行かないんだなと痛感した。
デリカシーがなければこんなにうろたえないと、またスピリに感謝しつつ、また一つ現実のフォーカスがはっきりしたことで、もうスピるわけにもいかないんじゃないかと思いました。